SEKAINOOWARIの新曲ドッペルゲンガーの歌詞について考察してみた!!

2020年3月22日日曜日

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SEKAINOOWARIの新曲ドッペルゲンガーの歌詞について考察してみた!!



 こんにちは。しゅうです!

 
 皆さんは、あの大人気バンドSEKAINOOWARIをご存じでしょうか。


 SEKAINOOWARIといったら、やはり歌詞のメッセージ性が強いと思う方もおおいのではないでしょうか!!

 私も、セカオワといえば?と聞かれると必ず歌詞について語りたくなります(笑)


 突然ですが、みなさんは追いつきたくても追い越せないようなライバルや仲間はいらっしゃいますか?

 もし、「いる!」という方は、SEKAINOOWARIの新曲の「ドッペルゲンガー」という曲を聴いていただきたいです!

 その理由は、のちほど….


 なので、今回は「ドッペルゲンガー」の歌詞について考察していきたいとおもいます!!

 この「ドッペルゲンガー」という曲は作詞作曲Nakajinが担当しているそうですね。


 私の個人的な感想なのですが、Nakajinさんの曲ってFukaseさんの曲とはまた少し違っていて、言葉がストレートというわけではないのに、なぜか伝えたいことがものすごくストレートに伝わってくるっていう不思議な感覚になるんですよね(笑)

 「わかる!」って方はコメントしてくださるとすごくうれしいです!!!!


 では、考察していきましょう。


 「ドッペルゲンガー」の歌詞は
 こちらから→https://www.uta-net.com/song/263608/

 SEKAINOOWARIの新曲の「ドッペルゲンガー」についての考察


 〝いつになったら君に追いつける?
 いつもギリギリ見えるところにいる
 全く意地が悪いよな
 やっとの思いで尻尾をつかんだのにまた蜃気楼”



 この歌詞は、Nakajinさんにしか書けないですよね。知らない人のために一応書いておくと、NakajinさんはFukaseさんのことを尊敬していて、いつも自分よりもすごいFukaseさんに嫉妬をしていたそうです。

 そんな状況にいたNakajinさんだからこの言葉が出てくるんだなぁと思いました!


 でも、この気持ちはものすごく共感できる人は多いと思います。

 私には、姉がいるんですけれども、姉はいつも私よりも運動も勉強もできる人でいつもものすごく練習して追いつきたいと思うのですが、追いつけないという状況なのでこの歌詞はグッとくるものがありましたね(笑)




 〝これがホントに僕が生み出したもの?
 こんなに人生弄ばれるなんてさ”



 自分で作った何かが自分では納得のいくものではなくって、自分に才能をくれなかった神様に自分で遊ばれているのではないかと恨んでいる様子が想像できますね。




 〝春に転んで骨追っても 夏に寝不足でふらふらでも 
 追いかけるせなか 泣いている暇はない
 秋に財布をなくしても 冬に病魔におかされても
 逃げられはしない 心に針が刺さったままでも走る”



 これは、もうNakajinさんの代名詞かのような歌詞ですね!!

 まじめで、少し忘れっぽくて年末には結構な頻度で風邪をひくってラジオで聞いたことがあります!

 「こころに針が刺さったままでも走る」という言葉をきいてわたしは、ものすごく共感できます。

 大学受験の時の私もこんな気持ちだった気がします。皆さんは、どうですか?






 〝いつになったら君は満足する?
 待ってくれた試しなどない
 全くかわいげがないよな
 ふいに背後から聞こえるわざとらしく深いため息

 これがホントに僕自身だったもの?
 真綿で首を絞めるようなまねされるなんてさ”





 もう、私頑張っているNakajinが頭に浮かんできてもう、なんか、感動でなきそうです。

 「ドッペルゲンガー」はNakajinの葛藤がむき出しになっている曲なんですね。

 この、でだしの「いつになったら君は満足する?」がFukaseさんがいい歌を作っても作ってもまだ、どんどんいい歌を作っていく姿をみて焦り嫉妬を想像してしまいます。





 〝春に転んで骨おっても 夏に寝不足でフラフラでも
 迫りくる足跡 呼吸も浅くなる
 秋に財布をなくしても 冬に病魔におかされても
 走り続けなきゃ いつかたどり着く楽園を夢見て”



 ここも、焦り嫉妬を感じます。

 そして、「いつかたどり着く楽園を夢見て」の楽園というのは、おそらくあこがれる人が見えている世界のことのように思えます。

 いつか、あの人の見ている景色、世界を見てみたいという思いが伝わってきます。




 〝本当はわかってる
 被害妄想気味だって
 君らにはちゃんと感謝しているよ
 つらくても続けてきたから
 今の僕があるんだ
 さて次はどこへ向かおうか”




 仲間であり、ライバルでもある人の才能にあこがれてどうして自分には、才能がないんだと神様を恨んだ自分を客観的にみて、被害妄想気味だと思っているようですね。

 でも、やっぱりそのライバルも一緒にやってきた仲間でここまでやってこれたのは君のおかげなんだと感謝していますね。

 これって、すごくないですか!?

 私だったら、ライバルのことを「何か、失敗しないかなぁ」という感じで感謝とは程遠い感情しか出てこないのに、感謝という言葉が出てくるのは、Nakajinさんの人の良さがにじみ出ていますね!!!!


 「さて次はどこへ向かおうか」という言葉はきれいですね。仲間と一緒にやっていくぞ!という気持ちが感じ取れます。



 〝春に転んで骨折っても 夏に寝不足でフラフラでも
 踏みしめる足に不思議と力が漲る
 秋に財布を失くしても 冬に病魔におかされても
 最近気づいた 走っているぼくは大体笑顔なんだって”



 これは、最後の1行の「最近気づいた 走ってる僕は大体笑顔だ」という言葉は、めちゃくちゃ共感する人多いと思います。


 なにかに、没頭しているときって辛いんですけれども、その時って本当の意味でめちゃくちゃ楽しいんですよね。




「ドッペルゲンガー」でNakajinが表現したかったであろうことまとめ


 この「ドッペルゲンガー」という曲はもはやNakajinさんの今のすべてをぶつけてこられているかのような気がします。この曲をきいて、わたしがおもったのは、「何かを伝えたい」というよりも、これは「何かを残したい」という気持ちが伝わってきました。

 今のNakajinさんの気持ちを曲、音楽というかたちでのこして大切にしているんだろうなぁと思いました!!!! 


 最後に



 いかがだったでしょうか!もはや、この曲はNakajinさんの代名詞ですね!!!

 最初に、言った問いかけでわたしが言いたかったことはわかったのではないでしょうか!

 ここまで、述べてきたことはあくまで私の「意見」、「感想」なので、見当違いなことを言っていたらごめんなさい。

 逆に「わたしはこう思います!」、「僕は思います!」というのがあればtwitterでもここのコメント欄でも書いていただけるととてもうれしいです!一緒に、意見交換しましょう!!

 最後まで、読んでいただきありがとうございました。

 他にも、たくさんかいているのでぜひ、ご覧になってください!!